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一度は決心したと思った父だったが、いっこうに引っ越し準備への行動を起こす気配を見せず、 居間か ら望む大好きな山ばかりを眺めていた。 時おり、ふともらすのは、「なぜ、東京に行くことになったんだろう」「なぜ、こんな病気になったん だろう」と、 そんな弱気な言葉ばかりだった。 結局、相方とふたりで、すべて引っ越しの世話をした。 「もうここには帰らない。葬式も東京でするから」と親戚にも言い残したほどの父の英断だった。 家を出て行くとき、ウキウキと東京を目指す母とは対照的に、 父は最後に家を発つ時も泣きそうな顔で山に向かって、 「すみません、ごめんなさい」と最敬礼して家 を後にした。 山と家は静かに、父と母を見送った。 |
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つづく |